
経理の引き継ぎ資料の作り方|3つの一覧で属人化を解く手順
「来月から産休に入る人の代わりに、あなたが経理を見ることになった」。あるいは、「次の人が決まったから、引き継ぎ資料を作っておいて」。
そう言われて、パソコンに新しい文書を開いてみる。でも、カーソルが点滅したまま、1行目が書けない。毎日やっていることなのに、いざ人に渡そうとすると、どこから説明すればいいのか分からない。
ここは、ひとり経理なら多くの人が一度は立ち止まるところです。全部が自分の頭の中にあるから、書き出す順番が見えないだけ。あなたの仕事が雑だったわけではありません。
結論:経理の引き継ぎ資料は、①業務一覧(いつ・何を)→②手順書(どうやるか)→③関係先一覧(どこに・だれに)の3つをこの順でそろえると、次の人が迷わず動けます。手順書は全部の業務に作らなくて大丈夫です。止まると困る業務から順に作り、最後に引き継ぎ期間で「一緒にやる→横で見る→任せる」を1回ずつ回します。今日は①の業務一覧を、思い出すまま書き出すところから始めましょう。
経理の引き継ぎで、何が起きているか
経理の引き継ぎが難しいのは、仕事の量が多いからだけではありません。
- 年に1回しかない業務がある:年末調整、決算、償却資産の申告など。毎月の業務は体が覚えていても、年1回の業務は、渡す側もその時期にならないと思い出せません。
- 「どこにあるか」が頭の中にしかない:請求書の控えのフォルダ、ネットバンキングの承認のしかた、税理士に送るデータの形式。手順より先に、場所と相手で次の人がつまずきます。
- 途中の案件がある:入金待ちの売掛金、届いていない請求書、税務署や年金事務所とのやりとりの途中。区切りのいいところで渡せることは、ほとんどありません。
なお、「来年いなくなるわけじゃないけど、休める経理にしておきたい」という段階なら、経理の属人化を防ぐ|月次ルーティンをテンプレ化する第一歩から始めるのがおすすめです。この記事は、実際に人に渡す日が見えているときの資料づくりに絞って整理します。
引き継ぎ資料は「3つの一覧」で作る

引き継ぎ資料は、1冊の分厚いマニュアルにしなくて大丈夫です。3つの一覧に分けると、書く側も読む側もラクになります。
| 一覧 | 答える問い | 中身の例 |
|---|---|---|
| ①業務一覧 | いつ・何をやるか | 毎日・毎月・年1回の業務を、時期の順に並べたもの |
| ②手順書 | どうやるか | 1業務につき1枚。使う画面・手順・注意点 |
| ③関係先一覧 | どこに・だれに | ファイルの保存場所、使っているサービス、社内外の連絡先、進行中の案件 |
順番には意味があります。業務一覧で全体が見えると、どの業務に手順書が要るかが決まります。手順書を書いていると、「このファイルはどこ」「これは税理士さんに聞く」が出てくるので、それを関係先一覧に集めていきます。
①業務一覧|いつ・何をやるかを時期順に並べる
最初に作るのは、業務の「地図」です。表計算ソフトで、こんな列を用意します。
| 頻度 | 時期 | 業務 | 締切・期限 | 手順書 |
|---|---|---|---|---|
| 毎月 | 10日まで | 源泉所得税の納付 | 10日 | あり |
| 毎月 | 25日 | 給与振込 | 前営業日まで | あり |
| 毎月 | 月末 | 仕入先への支払 | 月末 | あり |
| 年1回 | 11〜12月 | 年末調整 | その年最後の給与支払 | 作成中 |
書き出すコツは3つです。
- 毎月の業務は、カレンダー順に:月初から月末まで、1か月をなぞるように思い出します。
- 年1回の業務は、会計ソフトや去年のメール・カレンダーから拾う:頭だけで思い出そうとすると漏れます。去年の同じ月に何をしていたかを、記録から探すのが確実です。
- 締切は「法律で決まっている期限」と「社内で決めている期限」を分けて書く:税や社会保険の期限は、時期によって変わることもあるので、国税庁や日本年金機構などの案内で確かめる、と書き添えておきます。
年間の業務の拾い方は経理の年間スケジュール|1枚にまとめて先回りする作り方にまとめています。すでに年間スケジュールがあるなら、それがそのまま業務一覧の土台になります。
②手順書|止まると困る業務から1枚ずつ
業務一覧ができたら、手順書を作る業務を選びます。全部に作らなくて大丈夫です。 選ぶ基準は「この業務が1回止まったら、だれが困るか」。
- お金が動く業務:給与振込、仕入先への支払、税金・社会保険料の納付
- 期限がある業務:源泉所得税の納付、年末調整、決算・申告の資料準備
- 年1回で忘れやすい業務:償却資産の申告、算定基礎届など
1業務1枚に、次の項目を埋めます。
- 作業名と時期:例)給与振込/毎月25日(前営業日の15時までに予約)
- 使うもの:ソフト名、開く画面、元にするファイルの名前と場所
- 手順:上から順に、次の人が画面を見ながらたどれる粒度で
- 確かめること:件数・合計金額をどこと照合するか、など
- つまずきやすいところ:「入社・退社があった月は、ここを見る」など、過去に迷った点を一言
- 困ったときの相談先:社長、顧問税理士、ソフトのサポートなど
手順を文章で書くのが大変なら、実際の画面を見ながら作業し、その順番を箇条書きにするだけで十分です。お金が出ていく業務は、確認のしかたも手順書に入れておくと安心です。確認の型は経理のダブルチェック|ひとりでも2人目を作る4つの型と使い分けで整理しています。
③関係先一覧|どこに・だれに、と進行中の案件
最後に、手順書を書きながら出てきた「場所」と「相手」を1か所に集めます。
- ファイルの保存場所:請求書の控え、支払管理表、給与のデータ、決算の資料など
- 使っているサービス:会計ソフト、給与ソフト、ネットバンキング、経費精算などの名前とログイン画面
- 社内の担当:支払の承認者、勤怠をまとめる人、請求書を受け取る部署
- 社外の連絡先:顧問税理士、社会保険労務士、取引銀行の窓口、ソフトのサポート
- 進行中の案件:入金待ちの売掛金、届いていない請求書、役所とのやりとりの途中のものなど。「いま何が途中か」と「次にやること」を1行ずつ
ここで大事な注意があります。IDやパスワードは、この一覧にそのまま書かないでください。 引き継ぎ資料は何人もの目に触れます。ログイン情報は会社で決めた管理方法で渡し、次の人の権限で入れるように、管理者の設定を変えてもらうのが安全です。前の担当者のアカウントを使い回さないことも、あわせて社長や管理者と確認しておきましょう。
マイナンバーの書類や従業員の個人情報が入ったファイルも、置き場所を一覧に書くだけにとどめ、扱いは会社の取扱いルールに沿って引き継ぎます。マイナンバーの取得・保管|ひとり経理が守る4つの管理ルールもあわせて見ておくと安心です。取引先の振込先や締め日を1か所にまとめる考え方は、取引先マスタの整え方|振込先・締め日・支払サイトを1か所ににあります。
具体例|3週間で引き継ぐ場合(架空)
架空の会社で、引き継ぎ期間が3週間ある場合を見てみます。資料づくりと、実際に一緒に作業する時間を分けて考えます。
| 時期 | 資料づくり | 一緒にやること |
|---|---|---|
| 1週目 | 業務一覧を作る(毎月・年1回あわせて約40業務) | 業務一覧を見せながら、1か月の流れを口頭で説明する |
| 2週目 | 止まると困る10業務の手順書を作る | 月末の支払を、前任が操作し、後任が横で見る |
| 3週目 | 関係先一覧と、進行中の案件リストを作る | 月初の記帳を、後任が操作し、前任が横で見る |
ポイントは、同じ業務を「一緒にやる→横で見る→任せる」の順に回すことです。手順書を読むだけでは分からないところは、横で見てもらうと一度で伝わります。後任が操作して迷ったところは、その場で手順書に1行足していきます。
40業務すべてに手順書がなくても、10業務の手順書と、40業務の一覧があれば、次の人は「何があって、どれが分からないか」を自分で把握できます。分からない業務に来たら、関係先一覧の相談先に聞けばいい。それで十分に回り始めます。
年末調整や決算のように、引き継ぎ期間中に時期が来ない業務は、去年の資料(控えや提出書類の写し)の保存場所を関係先一覧に書いておきます。去年の実物は、どんな手順書よりも頼りになる見本です。書類の保存場所や保存期間は、帳簿・書類の保存期間|いつまで置いて、いつ捨てるかの決め方も参考にしてください。
影響|引き継ぎ資料があると、何が変わるか
- 次の人が、最初の月を止めずに回せる:業務一覧があれば「今週なにがあるか」を自分で確かめられます。
- 聞く側も、聞かれる側もラクになる:引き継ぎのあとに来る質問が「全部わからない」から「この業務の、この手順」に変わります。
- 前任者が、気持ちよく次へ進める:異動・産休・退職のあとに電話で何度も呼ばれる心配が減ります。
- 会社にとっての「経理の地図」になる:引き継ぎが終わったあとも、業務一覧と手順書は、次の休みや次の引き継ぎで使えます。
そして、引き継ぎ資料を書いていると、自分がこれだけの業務を毎月まわしてきたことに、あらためて気づくはずです。40行の業務一覧は、そのままあなたが会社を支えてきた記録でもあります。
明日やること(まず1つだけ)
明日やるのは、手順書を書くことではありません。
表計算ソフトを開いて、「頻度・時期・業務・締切」の4列だけを作り、毎月やっている業務を思い出すまま書き出す。 30分で区切って大丈夫です。順番が前後しても、あとで並べ替えれば済みます。
その一覧ができたら、次の日に「止まると困る業務」に印をつける。そこから1枚ずつ、手順書が増えていきます。
引き継ぎ資料のチェックリスト
上から順に。今日は「まずここだけ」の1つで十分です。
- まずここだけ(今日)
- 毎月の業務を、時期の順に書き出した
- ①業務一覧
- 年1回の業務を、去年の記録(会計ソフト・メール・カレンダー)から拾った
- 法律で決まっている期限と、社内で決めている期限を分けて書いた
- 手順書の「あり・なし」の列をつけた
- ②手順書
- お金が動く業務・期限がある業務から、手順書を作っている
- 使うソフト・画面・ファイルの場所を書いた
- 確かめること(件数・合計など)と、つまずきやすいところを書いた
- 困ったときの相談先を書いた
- ③関係先一覧
- ファイルの保存場所と、使っているサービスの一覧を作った
- 社内・社外の連絡先をまとめた
- 進行中の案件を「いま何が途中か・次にやること」で1行ずつ書いた
- ID・パスワードは書かず、会社の管理方法と権限の設定で渡すことにした
- 引き継ぎ期間
- お金が動く業務を「一緒にやる→横で見る→任せる」の順で1回ずつ回した
- 後任が迷ったところを、その場で手順書に書き足した
- 引き継ぎ期間中に時期が来ない業務は、去年の資料の場所を伝えた
最後に

冒頭の、点滅するカーソルに戻ります。
1行目が書けなかったのは、あなたの中に渡すものが少ないからではありません。多すぎて、どこから出せばいいか分からなかっただけです。いつ・どうやる・どこにだれに。3つの一覧に分けてしまえば、頭の中のものは、ちゃんと順番に外へ出てきます。
完璧な引き継ぎ資料でなくて大丈夫です。業務一覧と、止まると困る業務の手順書があれば、次の人は歩き出せます。足りないところは、次の人が書き足していけばいい。
まずは業務一覧の1行目から。一緒に始めてみましょう。
本記事は一般的な実務情報です。業務の内容・期限・必要な手続きは、会社の規模・体制・使用するソフトや、制度の改正によって異なります。ID・パスワードや個人情報の取扱いは自社のルールに従い、税務・社会保険の期限や取扱いは国税庁・日本年金機構などの最新の案内や、顧問税理士・社会保険労務士にご確認ください。
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