夕方の事務所で金庫から出した小口現金を数え、現金出納帳の残高と合っているか確かめているひとり経理の担当者

小口現金を廃止する進め方|キャッシュレス化で現金管理をなくす手順

夕方6時。社内にはもう誰もいません。

金庫を開けて、トレーに小銭を出します。1円玉、5円玉、10円玉。数えて、出納帳の残高と突き合わせる。280円、合いません。

心当たりを探します。今日、誰かが切手を買いに行ったはず。あの人はレシートを出したっけ。机の引き出しを開けて、出金伝票の束をめくって——気づけば20分が経っています。

明日も、明後日も、同じ時間にこれをやります。

ひとりで経理を回していると、この「毎日の現金合わせ」がじわじわ効いてきます。金額は小さいのに、合わないと帰れない。誰かに聞こうにも、現金の出入りを知っているのは自分だけ。しかもこの作業、会社の誰からも見えていません。

もしよかったら、今日は少し違う問いを持ち帰ってみてください。

この金庫、そもそも要るんでしょうか。

小口現金は、法律で「置きなさい」と決められているものではありません。実際、置くのをやめた会社はたくさんあります。そして廃止は、ある日いきなりゼロにする作業ではなく、現金で払っていたものを1つずつ別の経路に移していく、地味で確実な作業です。

一気にやらなくて大丈夫です。今日は、その進め方を一緒に整理していきましょう。

結論:置き換えて、例外を決めて、最後に締める

先に全体の道すじです。やることは3つしかありません。

ステップやることかかる時間の目安
① 数える直近1年、小口現金で何を払ったかを洗い出し、多い順に並べる1時間
② 移す多いものから、法人カード・立替精算・口座振込に振り替える1つずつ、数か月かけて
③ 締める残った例外の払い方を決め、金庫の残高を預金に戻す30分

大事なのは②を「一度に全部」やらないことです。上位の1つを移すだけでも、現金の出番はかなり減ります。出番が減れば、毎日数える必要も自然になくなっていきます。

以下、順に見ていきます。今日は①だけ読めば十分です。

何が起きているか:小口現金は「減らない仕組み」になっている

まず、なぜ現金がなくならないのかを整理しておきます。

小口現金の多くは、定額資金前渡制(ていがくしきんまえわたしせい/インプレストシステム)という仕組みで回っています。「金庫に常に5万円を置いておき、使った分だけ月末に預金から補充する」というやり方です。

これは、よくできた仕組みです。残高が常に一定なので、使った額がすぐ分かる。だから多くの会社が採用しています。

ただ、この仕組みには副作用があります。使った分は必ず補充されるので、現金は減らないままです。「使いにくくして自然に減らす」という力が、どこにも働きません。

そして、現場から見ると現金はいちばん楽な支払い方法です。

つまり、現金があるかぎり現金が使われ、使われるかぎり補充される。この輪が回り続けているだけで、誰も悪くありません。あなたが毎日数えているのは、この輪の後始末です。

輪を止めるには、「現金を使うな」と言うのではなく、現金より楽な道を先に用意するのが早道です。

ステップ①:まず、何に使っているかを数える(今日はここだけ)

最初にやるのは、出金伝票の集計です。難しいことはしません。

直近1年分の現金出納帳を開いて(会計ソフトなら「小口現金」の元帳を出して)、支払先か科目でざっと分類し、件数の多い順に並べます。金額の大きい順ではなく、件数の多い順です。手間を生んでいるのは、金額ではなく回数だからです。

だいたい、こんな並びになります。

順位よくある中身年間の件数イメージ
1切手・レターパック・収入印紙40〜80件
2消耗品・文房具・清掃用品30〜60件
3来客用のお茶・お菓子・弁当20〜40件
4交通費の精算(社員への支払い)20〜50件
5慶弔費・お祝い・寸志年に数件

ここまで出せたら、今日の作業は終わりです。上位3つで、たいてい全体の7割を占めます。裏を返せば、この3つを移せば、金庫を開ける回数は3分の1以下になります。

会計ソフトから元帳をCSVで出せるなら、Excelに貼って科目ごとに件数を数えるだけで済みます。集計のやり方はExcelでの月次集計(SUMIF・VLOOKUP)にまとめてあります。

ステップ②:多いものから、別の経路に移す

洗い出した上位から、順番に置き換えていきます。移し先は、大きく3つです。

小口現金で払っていたものの置き換え先を、法人カード・立替精算・口座振込の3つに分けて示した図
現金で払っていたものは、この3つのどれかに移せます。まずは件数の多いものを1つだけ。

(1) 法人カードに移す

いちばん効くのがここです。消耗品、来客用のお茶、ネットでの備品購入は、ほぼカードで払えます。

カードにすると、利用明細がそのままデータで届くのが大きい。手で出金伝票を起こす作業が丸ごと消えます。会計ソフトと連携すれば、仕訳の候補まで自動で出てきます。連携の設定は銀行口座・カードの自動連携に手順を書きました。

記帳は「利用日に費用と未払金を立て、引落日に未払金を消す」が基本です。詳しくはクレジットカード払いの記帳|計上タイミングと未払金の処理へ。

カードを1枚も持てない場合は、チャージ式のプリペイドカードや法人向けデビットカードという手もあります。与信審査がゆるく、使いすぎの心配も少ないので、「社員に持たせるのが不安」という会社でも導入しやすいところです。

(2) 立替精算(社員が先に払い、後で口座に振り込む)に移す

交通費や、社員が外出先で買ったものは、その人がいったん自分で払って、後日まとめて給与口座に振り込む形にします。

「社員に負担をかけるのでは」と気になるところですが、月1回まとめて精算するなら、多くの人にとっては数千円の話です。むしろ「経理に現金をもらいに行く」手間がなくなって歓迎されることのほうが多いです。

処理の流れと仕訳は立替経費と仮払金の精算|処理の順番と仕訳に、交通費の実務は旅費交通費の精算にまとめてあります。

仕訳はこうなります。

(精算を承認したとき)
旅費交通費   4,820 / 未払金   4,820

(給与と一緒に振り込んだとき)
未払金       4,820 / 普通預金 4,820

現金で渡していたときは1行で終わっていたものが2行になりますが、「渡した現金が合っているか」を毎日数える必要はなくなります。行が1つ増えるかわりに、作業が1つ消える取引です。

(3) 口座振込・自動引落に移す

定期的に発生するものは、そもそも都度払いをやめます。

支払先が増えると管理が心配になりますが、そこは支払管理表に1行足すだけです。毎日数える作業と引き換えなら、割に合います。

ステップ③:残った「どうしても現金」を決めて、締める

全部が置き換わることは、たぶんありません。残るのは、たとえばこのあたりです。

ここで大事なのは、「例外があるから廃止できない」と考えないことです。年に数回の例外のために、365日の金庫管理を続ける必要はありません。

残った分は、都度払いにします。必要になったその日に、預金から引き出すか、担当者が立て替えて後日精算する。金庫に常備しない、というだけの違いです。

(必要になった日に引き出したとき)
仮払金      30,000 / 普通預金  30,000

(使ってレシートが出てきて、おつりを預金に戻したとき)
租税公課    20,000 / 仮払金    30,000
普通預金    10,000
収入印紙は、買った時点では「金券」であって費用ではありません。買っただけで貼っていない分が期末に残っていたら、貯蔵品に振り替えます。判断の考え方は収入印紙が必要な文書の見分け方を参照してください。

金庫の残高を締める仕訳

置き換えが進み、「もう金庫を開けていないな」と思えたら、締めます。

  1. 最後にもう一度、実際の現金を数える(実査といいます)
  2. 出納帳の残高と一致させる。差額が出たら現金過不足の処理で片づける
  3. 全額を会社の預金口座に入金する
  4. 「小口現金」勘定の残高をゼロにする
普通預金   50,000 / 小口現金   50,000

これで終わりです。あとは会計ソフトの科目一覧で「小口現金」を使わない設定にしておけば、来期からうっかり使うこともありません。

廃止したあとに、変わること

数字に出にくいので先に書いておきます。小口現金をやめると、こういう作業が消えます。

そして意外と大きいのが、現金の受け渡しでの気まずさがなくなることです。「レシートがないと渡せません」と同僚に言う場面は、ひとり経理にとって地味にしんどい仕事でした。ルールが「後日、口座に振り込む」に変わると、その会話ごと消えます。

気をつけたいこと(3つだけ)

置き換えたあとに、抜けやすいところがあります。

1. 過去の帳簿は、廃止しても残しておく

小口現金をやめても、それまでの現金出納帳や出金伝票は保存が必要です。法人の帳簿書類は、原則として確定申告書の提出期限の翌日から7年間(欠損金の繰越がある事業年度は最長10年間)保存することになっています。

「もう使わないから」と処分してしまわないよう、廃止した年の分までを1つの箱にまとめ、廃棄していい年月を箱に書いておくと安心です。保存期間の数え方は帳簿書類の保存期間と廃棄のタイミングに整理してあります。

2. 領収書・インボイスは、経路が変わっても必要

「カードにしたから領収書は要らない」ではありません。仕入税額控除を受けるには、カード利用明細だけでは足りず、店の発行するインボイス(適格請求書)が必要になるのが原則です。ここは経路が変わっても変わりません。

カード払いのときの書類の考え方はクレジットカードの利用明細とインボイスに、社員が立て替えたときの立替金精算書の扱いとあわせて確認しておくと安心です。

なお、一定の要件を満たす事業者には、税込1万円未満の課税仕入れについて帳簿の保存だけで控除を認める経過措置(少額特例)があります。自社が対象かどうかと期限は、少額特例(1万円未満)の対象と期限で確認してください。

3. 電子で受け取った領収書は、電子のまま保存する

キャッシュレスに移すと、領収書がメールやWeb画面のPDFで届くようになります。これは電子取引にあたるので、印刷して紙で綴じるだけでは保存要件を満たしません。

小口現金の廃止は、実は電子帳簿保存法への対応とセットで進めるのがいちばん効率的です。保存の要件は電子取引データの保存検索要件の満たし方にまとめました。置き換えるタイミングで保存ルールも決めてしまうと、二度手間になりません。

社内で「現金がないと困る」と言われたら

ここが、いちばん現実的な壁かもしれません。

反対されるときの理由は、たいてい「不便になる」です。だから、不便にならないことを先に見せると話が早く進みます。

言い方の例です。

「小口現金をやめたいというより、立て替えたお金が戻るのを早くしたいんです。いまは私が席にいないと精算できませんが、月2回の振込にすれば、私がいなくても止まりません」
「切手だけ、先に料金後納に変えてみてもいいですか。1か月試して不便だったら戻します

ポイントは2つです。経理の都合ではなく、相手の不便が減る形で説明すること。そして、戻せる形で小さく試すこと。1つ移して1か月回れば、次の1つはずっと通りやすくなります。

社長への説明なら、ステップ①で数えた件数がそのまま材料になります。「年間180件の現金支払いのうち、120件はカードに移せます」と言えれば、それだけで十分です。

今日のチェックリスト

明日やること(まず1つだけ)

全部をやろうとすると、それだけで手が止まります。明日やることは、ひとつで十分です。

会計ソフトで「小口現金」の元帳を1年分だけ出して、支払先ごとの件数を数える。

紙に「切手 62件」「文房具 41件」と書き並べるだけで構いません。数字が並んだ瞬間、どれを最初に移すべきかは、自分で分かります。判断材料がないから決められなかっただけで、決められない仕事ではなかったと気づけるはずです。

余力があれば、その紙を持って社長に「切手だけ、料金後納にしてみていいですか」と聞いてみてください。たぶん、5秒で終わる会話です。

最後に

小口現金の管理は、うまくいっているときは誰にも気づかれない仕事です。

毎日ぴったり合っている。金庫の中身がいつも足りている。レシートが揃っている。それは全部、あなたが夕方に20分かけて積み上げてきた結果なのに、合っているかぎり、誰の目にも留まりません

小口現金を廃止して空になった金庫の扉を静かに閉め、片づいたデスクの前で穏やかに息をついているひとり経理の担当者

だから、この作業をやめることには、少しだけ寂しさがあるかもしれません。「自分の仕事が減ってしまうのでは」と思う日もあるかもしれません。

でも、そうではありません。現金を数える時間がなくなった分だけ、あなたは「数字を見る」ほうに時間を使えます。資金繰りを先に読む、月次の締めを早める、来期の予算を考える——現金合わせをしている間はできなかった仕事です。会社にとって効くのは、たぶんそちらです。

そして、廃止まで進まなくても大丈夫です。今日、元帳を出して件数を数えただけでも、「毎日の20分」に理由をつけられるようになったということです。理由が見えている作業は、同じ20分でもずいぶん軽くなります。

金庫の前で数え直しているとき、あなたはひとりです。でも、同じ時間に同じことをしている人は、この国の中小企業にたくさんいます。ひとりずつ、少しずつ、閉じていけば大丈夫です。

本記事は一般的な実務情報です。帳簿書類の保存期間、インボイスの保存要件、電子取引データの保存方法、経過措置の適用可否は、制度改正や個別の事情によって変わります。最終的な判断は、国税庁の最新の情報や、顧問税理士・所轄税務署にご確認ください。

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