
与信管理の基本|新規取引先の支払能力をどう見るか
午後、営業の同僚が机の横に来て、こう言います。
「来月から、新しい取引先に納品が始まります。支払いは月末締めの翌月末で、掛けでお願いします」
返事をしながら、頭の片すみで小さな声がします。「この会社、ちゃんと払ってくれるのかな」。 名前を聞いたのは今日が初めて。どこにある会社なのかも、どれくらいの規模なのかも、まだ知らない。でも、営業の話に水を差すようで、聞きにくい。
その小さな引っかかりは、気にしすぎではありません。掛けで取引をするということは、商品やサービスを先に渡して、代金はあとでもらうということです。「あとでもらえるかどうか」を気にかけるのは、会社のお金を預かる経理として、ごく自然な感覚です。
この記事では、その感覚を「なんとなくの不安」のままにせず、ひとり経理でも無理なく回せる与信管理(よしんかんり)の形にしていきます。
結論:与信管理とは、取引先ごとに「いくらまでなら、代金をあとでもらう形で取引してよいか」を決めて、守っていくことです。新規の取引先なら、①調べる(公開情報で実在と基本を確かめる)→②決める(与信限度額と取引条件を決める)→③見直す(入金の様子を見て、定期的に見直す)の3ステップで十分です。完璧な審査をする必要はありません。まずは「調べた」「決めた」を1行残すことから始めましょう。
与信管理とは|掛け売りは「先に渡して、あとでもらう」
「与信」は、文字どおり信用を与えることです。掛けで売るとき、会社は取引先に「代金はあとでいいですよ」と、いわば短い期間お金を貸しているのと近い状態になります。
たとえば、月末締め・翌月末払いの取引先に、毎月50万円ずつ納品しているとします。
- 10月分の50万円は、11月末に入金される
- 11月末の入金の直前には、10月分50万円+11月分50万円=100万円がまだ入金されていない
つまり、この取引先には、最大でおよそ2か月分・100万円の売掛金(あとで受け取る約束になっている代金)が積み上がる瞬間があります。もしこの取引先の支払いが止まったら、この100万円が回収できなくなるかもしれない、ということです。
与信管理は、この「最大でいくら残るか」をあらかじめ把握して、会社として受け止められる範囲に収まるように取引の形を整える仕事です。相手を疑うためではなく、自分の会社と、取引そのものを長く続けるための準備だと考えると、営業にも話しやすくなります。
締め日と支払日の考え方は支払サイトと締め日|資金繰りで慌てないための基本と管理のコツでも整理しています。
新規取引先の与信管理は3ステップ|調べる・決める・見直す
ひとり経理で回すなら、与信管理は大げさな審査ではなく、「調べる」「決める」「見直す」の3ステップの流れにしておくと続きます。

ステップ1:調べる|公開情報で「実在」と「基本」を確かめる
最初にやるのは、相手の会社が実在していて、聞いている内容と食い違いがないかを確かめることです。無料・低コストで見られる情報だけでも、かなりのことが分かります。
| 調べること | どこで見るか | 見るポイント |
|---|---|---|
| 会社が実在するか | 国税庁の法人番号公表サイト | 名称・所在地が、営業から聞いた内容や名刺と一致するか |
| インボイスの登録 | 国税庁の適格請求書発行事業者公表サイト | 登録の有無。取引先マスタにも確認日を残す |
| 設立時期・役員・本店所在地 | 法人の登記情報(法務局、またはオンラインの登記情報提供サービス) | 設立からの年数、役員や本店所在地の変更の様子 |
| 事業の中身 | 相手の会社のホームページ、会社案内 | 事業内容・取引の内容が自然につながるか |
| 支払能力(必要なとき) | 信用調査会社のレポート、相手から受け取る決算書 | 取引額が大きいとき・不安があるときに検討する |
全部を毎回やる必要はありません。取引額が小さいなら上の3行まで、取引額が大きい・前受けにしにくいといった場合に下の行まで、という具合に、金額に応じて深さを変えるのが現実的です。会社の規程で反社会的勢力のチェックを行っている場合は、その手順もこのステップに入れておきます。
インボイス登録番号の確かめ方はインボイス登録番号の確認方法|取引先チェックの進め方にまとめています。
ステップ2:決める|与信限度額と取引条件
調べた結果をもとに、「この取引先には、いくらまで」を決めます。これが与信限度額です。
決め方の目安は、さきほどの計算をそのまま使います。
月の取引見込み額 × 締め日から入金日までの月数 = 売掛金が最大で積み上がる額
月50万円・月末締め翌月末払いなら、50万円×2か月=100万円。この100万円が、会社として受け止められる額かどうかを考えます。
もし「新規の相手に、いきなり100万円は少し大きい」と感じたら、限度額を下げるか、取引条件のほうで調整します。
- 最初の数回は前受金(先にお金をもらってから納品)にしてもらう
- 最初は少額の取引から始めて、入金が順調なら徐々に増やす
- 支払サイト(締め日から支払日までの期間)を短くしてもらう(例:翌月末→翌月20日)
ここで大事なのは、経理が一人で決めないことです。取引条件を決めるのは、多くの会社で営業や社長です。経理の役割は、「調べた結果」と「最大でいくら残るか」を数字で並べて、判断の材料をそろえること。そのうえで決まった限度額と条件を、取引先マスタや与信管理の一覧に1行で残します。
前受金の仕訳で迷ったときは前受金と前払金の仕訳|内金・手付金の使い分けを迷わないを見てみてください。
ステップ3:見直す|入金の様子を見て、定期的に
与信限度額は、一度決めたら終わりではありません。取引が始まったら、入金の様子が、そのまま次の判断の材料になります。
- 毎月:入金が予定どおりか、金額のずれがないか(入金消込のついでに見る)
- 毎月:売掛金の残高が、限度額を超えそうになっていないか
- 年に1回(たとえば決算の前):取引額が大きく変わった取引先、入金が遅れがちな取引先の限度額を見直す
入金の遅れは、滞留債権リスト(売掛金年齢表)の作り方|回収遅れを早く見つけるの年齢表を毎月残しておくと、早く気づけます。逆に、1年間ずっと順調に入金してくれている取引先なら、限度額を上げたり、取引条件をゆるめたりする前向きな見直しの材料にもなります。
具体例|月50万円で始まる新規取引先(架空)
具体的な流れを、架空の取引先で見てみます。
営業から「株式会社みほん工業(架空)に、月50万円ほど、月末締め・翌月末払いで納品したい」と相談がありました。
- 調べる:法人番号公表サイトで名称と所在地を確認し、名刺の住所と一致。インボイスの登録もあり。登記情報では設立から8年、本店所在地の変更なし。ホームページの事業内容も、今回の取引とつながる内容だった。
- 決める:最大の売掛残高は、50万円×2か月=100万円。社長と営業に「調べた範囲では気になる点はなかった。ただ最大で100万円が入金前に積み上がる」と共有。相談の結果、与信限度額は100万円、取引条件はそのまま、と決めて一覧に記録。
- 見直す:3か月目、注文が増えて月80万円の見込みに。このままだと最大の売掛残高は80万円×2か月=160万円となり、限度額の100万円を超える。そこで経理から営業に「限度額を超えそうです」と声をかけ、それまでの入金が毎回期日どおりだったことも添えて、限度額を見直すか、支払日を早めてもらうかを相談した。
この例で経理がしたことは、調べて、数字を出して、超えそうなときに声をかけたことだけです。でも、その一言があるかないかで、会社が抱える売掛金の大きさは、大きく変わってきます。
| 取引先 | 調べた日 | 調べた範囲 | 月の見込み額 | 締め・入金 | 与信限度額 | 決めた人・日 | 見直しメモ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 株式会社みほん工業(架空) | 2026-10-11 | 法人番号・インボイス・登記・HP | 50万円 | 末締め・翌月末入金 | 100万円 | 社長・2026-10-11 | 3か月目に月80万円見込み→相談 |
この1行は、取引先マスタの整え方|振込先・締め日・支払サイトを1か所にの取引先マスタに列を足して持っても、別の一覧にしても構いません。「どこを見れば限度額が分かるか」が1か所に決まっていれば、それで十分です。
影響|与信管理があると、何が変わるか
与信管理を始めて、いちばん変わるのは、「なんとなく不安」が「数字で話せる心配」になることです。
- 営業と話しやすくなる:「この会社は危ない気がする」ではなく、「最大でここまで入金前に積み上がります」と数字で伝えられるので、相手を疑う話になりにくくなります。
- 回収遅れに早く気づける:限度額と入金の様子を見ているので、遅れや残高の膨らみに気づくのが早くなります。気づいたあとの進め方は売掛金の回収が遅れたとき|督促の進め方と催促メールの文例へ。
- もしものときの損を小さくできる:取引先の支払いが止まってしまっても、限度額の範囲で収まっていれば、会社の資金繰りへの影響を小さくできます。それでも回収が難しくなった場合の処理は貸倒れの処理|貸倒損失・貸倒引当金の判断と仕訳の基本で整理しています。
そして、あなたがいま「この会社、大丈夫かな」と感じているのは、会社のお金のことを、ちゃんと自分ごととして見ているからです。与信管理は、その感覚に「調べた」「決めた」という形を与えるだけのことです。
明日やること(まず1つだけ)
明日やるのは、全取引先の与信を見直すことではありません。
次に始まる新規取引先、または取引額のいちばん大きい得意先を1社だけ選んで、「月の取引額×締め日から入金日までの月数」を計算してみる。 それだけです。
出てきた数字を見て、「思ったより大きいな」と感じたら、その感覚を営業や社長に一言伝えてみてください。「思ったとおりだな」なら、その数字を限度額の候補として、一覧に1行残しておきましょう。その1行が、与信管理のはじまりです。
与信管理のチェックリスト
上から順に。今日は「まずここだけ」の1つで十分です。
- まずここだけ(今日)
- 1社だけ、「月の取引額×締め日から入金日までの月数」で、最大の売掛残高を計算した
- 調べるとき
- 法人番号公表サイトで、名称・所在地が聞いている内容と一致するか確かめた
- インボイスの登録の有無を確かめ、確認日を残した
- 取引額が大きい相手は、登記情報や会社のホームページも確かめた
- さらに不安が残るときは、信用調査会社のレポートや決算書の受け取りを営業・社長に相談した
- 決めるとき
- 最大の売掛残高を数字で出し、営業・社長と共有した
- 与信限度額と、取引条件(前受金・少額スタート・支払サイト)を決めた
- 決めた限度額・決めた人・日付を、一覧に1行で残した
- 見直すとき
- 毎月、入金が予定どおりかを確かめている
- 売掛金の残高が限度額を超えそうなとき、営業に声をかけている
- 年に1回(たとえば決算の前)、取引額や入金の様子が変わった取引先の限度額を見直す予定を入れた
最後に

冒頭の、営業から新しい取引先の話を聞いた場面に戻ります。
「この会社、ちゃんと払ってくれるのかな」と思ったのは、水を差したいからではなく、会社のお金と、これから始まる取引の両方を大事にしたいからです。その気持ちは、ひとり経理のとても大切な役割です。
与信管理は、立派な審査の仕組みでなくて大丈夫です。調べて、数字を出して、1行残す。超えそうなときに、一言かける。それだけで、取引は安心して長く続けられるものになっていきます。
まずは1社、計算するところから。一緒に始めてみましょう。
本記事は一般的な実務情報です。与信限度額の決め方や取引条件、取引先の調査の範囲は、会社の規程や業種、取引の内容によって異なります。個別の判断に迷う場合は、社内の決裁者や顧問税理士などの専門家にご相談ください。
よければ、こちらも
- 入金が遅れたときの備えには、滞留債権リスト(売掛金年齢表)の作り方|回収遅れを早く見つけると売掛金の回収が遅れたとき|督促の進め方と催促メールの文例へ。長く残っている売掛金が気になったら売掛金の時効は5年|放置しない回収管理と「承認」の残し方を。
- 取引先の情報をまとめるなら取引先マスタの整え方|振込先・締め日・支払サイトを1か所に、請求まわりは請求漏れ・二重請求を防ぐ請求管理表|ひとり経理の作り方と回し方へ。ほかの実務も、記事一覧から少しずつ一緒に整理していきましょう。